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吉村作治 エジプト博物館
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第2回 「遺跡発掘の方法 1」 12/13〜
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「魚の丘遺跡」発掘現場 (マルカタ南)
 遺跡発掘の夢…。皆さん感じていただいて大変ありがたいのですが、実はとても大変なんです。まず、どこを発掘するかということがあります。それを決めてもそこへ行ってイギリスとかフランスとか、ほかの国の調査隊が調査をしていれば入れません。 この時代のこういうものを見つけたいんだ、というのがあって、しかもほかの調査隊が入っていないところを探す。そうやってやっと見つけて、いよいよ発掘しようということになります。 その時、ふたつの方法があります。ひとつは伝統的な、今から200年ぐらい前にイギリスが開発した方法で、「全部人の手でやる」というのです。もうひとつは機械を使う、近代的な方法ですね。いいか悪いか別として、エジプトではその近代的な方法は禁止されていまして、どうしてかというと、近代的な機械を使うと遺跡を壊すんではないか…。 遺跡というのは見えているものはいいのですが、我々が今発掘しようとしているのは砂の下とか土の下とか、今ある遺跡の下にあって見えないところですから、それを機械でめったやたらに掘っていってしまうと、下にある遺跡が壊れてしまうのではないかという心配があるんですね。ですからなるべく機械を使わないようにというお達しが出ているのです。
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王家の谷西谷調査
 もうひとつの理由としてエジプトの事情です。エジプトでは農繁期と農閑期がありまして、農繁期は忙しいけど農閑期にはひまなので、エジプト政府から、アルバイトというか、何かさせてやって欲しい、農民を使ってほしい、といわれるのです。 一番技術の高い人は小さなスコップ(移植ゴテ)で少しずつ少しずつ掘っていきます。そうやって土を集めたものをもっこに入れて運ぶ。ただひたすらにそれを繰り返す。朝の7時半から夜の7時まで、休みは2回です。そうやって遺跡が見つかるまでずーっとやっていくのが伝統的な方法です。 運ぶのにすごく時間がかかるのでベルトコンベアでも使いたいのですが、これの許可が出ない。今のとこ、使えるのはせいぜい一輪車までです。昔はトロッコに大きな貨車を使って土砂をいれ、一定の距離を運んで捨てたのですが、今はそれもなかなかOKと言われません。 でもそのために大勢の人を雇い、みんなで歌を歌ったりしながらやるのもなかなか風情があり、古代の遺跡を探すロマンを感じることもあるわけです。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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