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| エジプト地図 |
「遺跡」と聞くと皆さんロマンがあるなとか、行ってみたいなと思われるでしょうが、遺跡って何だろうと考えたことあります? ピラミッドとか神殿…。そりゃ確かにそうなんですけど、文字通り古い時代の形が残っていないとダメなんですね。
まず、遺跡の分布をお話しましょう。 エジプトの川は日本と違い、ナイル川1本です。日本川は中ぐらいのを含めれば3000本ぐらいあるんですけど。
地中海のへり、アレキサンドリアとか、ロゼッタとかですね、そこからエジプトの南の果て、スーダンとの間まで、1800キロぐらいあります。日本列島とほぼ同じぐらいです。その周りにある緑地が40万平方km。日本の国土とほぼ同じぐらいの広さです。そのような状況のところに何千という遺跡があるのですが、いちばん有名なのはギザのピラミッド、それからサッカラの階段ピラミッドを中心とするマスタバ、お墓群ですね。そしていよいよルクソール、カイロから700kmぐらい南に行ったところです。ルクソールはよく、京都・奈良にたとえられますが、ここは1年に一度、神様が全部集まる所ですから、むしろ出雲といったほうがいいと思いますけどね、その西岸にたくさんのお墓があります。王家の谷、女王の谷等々5000ぐらいあります。そして最後にアスワン。ここにも遺跡はあります。それより南のヌビア地方にもたくさんありますけど、ここにアブ・シンベルという、大きな岩窟の神殿があります。
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| ラムセス二世大神殿 (アブ・シンベル) |
こういったたくさんの遺跡がありますが、早稲田大学はわりとたくさんのところで発掘をしています。もともとはルクソールの西岸のマルカタというところから始めまして、現在は西岸の王家の谷のアメンヘテプ3世のところをやっています。それからサッカラの近くのダハシュール、屈折ピラミッドなどのあるところですね、ここでもやっています。それからアブ・シール。砂漠のど真ん中にある、約50mの小高い山ですね、ここでもやっています。
そしてあのピラミッドの真南にある太陽の船。第二の太陽の船を1987年に見つけました。その後、見つけたものを引き上げて、復元しようというプロジェクトが始まろうとしています。
ざっと見てもこのような状況です。こういうところにたくさんの遺跡が分布されているということです。とても魅力ある国ですね。
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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