| 第4回 |
「古代エジプトのスポーツ その2」
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10/25〜 |
スポーツは今でもみんな見るのも好き、するのも好きですねよ。スポーツで成績を上げるにはそれなりの才能が必要ですが、プロ、本気で職業にするのでなければ楽しんでやっていける。(最近アマチュアのスポーツが変にプロっぽくなって「おやおや」と私なんかは思っていますが。)しかし、古代エジプトでスポーツ選手といえば王様に雇われているというか、生活の面倒見てもらってやってるわけですから真剣にやらないと、負けたらそこで終わりということですからね。
今でもそうですが、陸上は走るのがメインですよね。古代エジプトでもメインの陸上競技は走ることなんですね。メートル法を使ってないので100メートル競走というのはありませんでしたが、短距離、中距離、長距離というのがありました。勝つとギリシャでは頭に月桂冠をつけますがエジプトでは賞品がもらえました。王から1年分のビールとか、宴会で好きなだけワインを飲んでいいとか、そういうものがもらえたのです。
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走るのと同じぐらい重要だったのは実は水泳です。古代エジプトでの水泳は自然の川とか運河を泳ぎました。川なら川を渡る競争、“よーいドン”で飛び込んで泳いでいって向こうに行く。
たまたま自分の家に池がある人(お金持ちの貴族ですね)は子供たちが男の子も女の子も海水浴に近いようなことをして遊んでいたという図があります。
しかし基本的に女性が基本的な場面で泳ぐことはありません。水着なんてありませんから泳ぐ時は裸ですから、そういうところへ女性が出てくるということは100%ありませんでした。ですから水泳の競技者はすべて男。ほかの競技、レスリングもそうです。徒競走ぐらいは女性がいたかもしれませんが、スポーツは男性がするものでした。
日本に流鏑馬ってのがありますよね、あれは馬に乗ってやりますが、エジプトにも弓矢はありました。あと槍投げなんてものありました。オリンピックの種目にあるものは、近代的なもの以外は何でもやっていたようです。
スポーツをやっていれば悪いことはしないですから、王様の親類、王子などが生きている間ずっと、時間つぶしというか、時間をうまく利用するため、スポーツを奨励していたようですね。今でもスポーツとは非常に重要な生活の一部ですけど、古代エジプトでもそうだったということです。
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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