| 第3回 |
「古代エジプトのスポーツ その1」
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10/18〜 |
スポーツといってもいろいろありますが、ここでは野外のスポーツについてお話しましょう。 日本で一番はやっている野外スポーツといえば、まず野球、それからサッカーでしょうけれど、このふたつ、実はエジプトが起源なんですね。
野球にしてもサッカーにしても、ひとつのボールを打ったり蹴ったりしますが古代エジプトでもひとつのビールを打ったり蹴ったりしていました。今の野球のように9人で、ベースがあって、というほどしっかりはしてなくて、3人ぐらいが守ってて、ひとりがボールを投げてひとりがバットを振る、というようなものでした。
あと、フェンシングがあります。古代エジプトでは野外で王の前で棒を持って試合みたいに本気で打ち合ってたようです。棒で打たれて腕が折れ、慌てて治療しているという記録も残されています。
それから、ボクシング。今はグローブをつけて殴り合っていますが、当時は素手です。これはギリシャでもローマでもずっと続いていきますが、基本的に手に何かを巻かない。これが古代エジプトのボクシングです。
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「レスリング」
(ベニ・ハッサン、バケト墓) |
中でも一番華やかなのはレスリングでしょう。今我々が知ってるようなのではなく、相撲に近い形です。お相撲には土俵がありますが古代エジプトのレスリングには土俵はありません。しかし、ふたりの男性が相撲のようにばっと立って、勝ち負けも相撲同様に体の足の裏以外を土につけたら負け。このレスリングといわれるスポーツはアフリカの奥地にいくと今でも残っていて、その勝負で村長が決まる、なんてすごいところもあります。
当時のレスリングの決まり手は四十八手どころか現在発見されているだけでも八十手ぐらい絵にかかれています。相撲のルーツはここにあるんではないかと私は考えています。
古代エジプトのスポーツ、みんな真剣なんですね。今の日本でももちろん真剣でしょうが、当時はそれによって出世がかかっていた、極端にいえば村長の座がかかってたりしたわけですから、スポーツはレジャーというより真剣なものだったという風にとらえていただきたいと思います。
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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