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吉村作治 エジプト博物館
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第1回 「古代エジプトの王や貴族のレジャー」 10/4〜
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「沼地で狩り」
(ルクソール西岸、ナクト墓)
 今回は「古代エジプトの遊びとスポーツ」についてお話してまいります。その第1回目は「古代エジプトの王や貴族のレジャー」です。 古代エジプトの王や貴族…。この階級は時間的にも経済的にも一番余裕のある人たちです。こういう人たちは体どうやってレジャーを楽しんでいたのでしょうか。 王の記録とか、貴族の墓の中の記録を見てみますと実はレジャーだらけなんですね。では、どんなレジャーがあったかというと、一番は狩猟です。もともとエジプトは狩猟民でしたから。 一番多いのは動物を狩る。弓矢などでつかまえていました。小さな動物、鹿などは食料にしています。大きい動物、ライオンなどは食料というよりむしろ、自分に危害を加えないように神様にしていました。例えばワニとか、カバといった動物はミイラにする。神にして崇めることによって自分たちに危害を加えないようにしたということです。狩猟の重要なポイントは実は、食料というより神にして祭り上げるということもあったのです。 次に釣り。網でトロールからはじまって地引とか、魚を捕まえる方法は5000年前にほとんど確立していました。これなどはレジャーというより食料獲得と考えていいでしょう。 実はなかなか面白い壁画が残っています。貴族が舟を仕立てて、自分だけでなく子供とか友人のような人たちも釣りをして釣れた魚をその舟で料理して食べる。これは今の舟遊びに近いですね。
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「貴族の宴会」
(ルクソール西岸、ナクト墓)
 あと、古代エジプトの王や貴族にとっての最大のレジャーは宴会。バンケットです。当時の貴族はグループを作って毎日のように持ち回りで誰かのうちで宴会をしていました。形式はシッティング・ビュッフェで今でもありますけれど、椅子に座って、コース料理が運ばれてくるのではなく、お皿やお盆に入れて運ばれてくるものを自分で取って食べるんです。その時に踊り子とか演奏者(音楽を演奏する人たちですね)が傍で盛り上げる。まるで今のバンケットとそっくりな情景がありました。 古代エジプトにとって、レジャーを楽しむということは、地位や名誉のある人にとってものすごく重要なことであり、あの世でもそれをしたいがために、死後再生復活したいがために、生きている間に悪いことをしないようにする。今で考えると不純な動機のようですが、それが彼らの生きる目的であったと考えてください。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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