| 第3回 |
「エジプト史上最古の石造建造物か!?」
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9/20〜 |
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| 「ジェセル王の階段ピラミッド」 |
これは必ず証明されると思っていますが、2002年の発掘以降、墳墓と思っていたものは墳墓ではなく、たくさんのご神体…、セクメト(メスライオン)のご神体を安置しておく場所だったんです。その周りをずーっと整理して、発掘を続け、東の面から南の方にいったのです。そうしましたら、ビックリするようなものがありました。
幅が33m、高さが9m、奥行きが12mという、ビックリするような石造建造物が出てきたのです。しかも一段だけではなく、二段目の立ち上がりのところまであるものでした。『あれ?まるで階段ピラミッドの変型みたいだなあ』と思いました。
階段ピラミッド…。今から4650年前にイムヘテプの設計によって造られた、あの階段ピラミッドと同じものかもしれないと、石の組成を調べるため、急遽日本から元素分析の機械を持ってきて調べたところ、階段ピラミッドの石と、その遺跡の石の元素分析が一緒だった。その上、その周り1km全部くまなく調べたところ、このふたつの石と同じ石の石切り場が見つかりました。石だけでなく、組み方も同じなことがわかりました。
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「イムヘテプ像」
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
これは大変だ。もしかすると階段ピラミッドを造る前にここでテストしたんだろう。じゃあ誰が設計したんだろうか。階段ピラミッドを造ったイムヘテプに違いない…。
だとしたら、階段ピラミッドを造り終わったあと、イムヘテプはここをお墓にしたかもしれない。もしかするとお墓が出てくるかもしれない…。それはイギリス隊が200年も探し求めたものでもありました。
それを一生懸命探してついに2002年9月のはじめにピットを見つけました。このピットの中をくまなくクリーニングしましたら、初期王朝、イムヘテプの前の時代のものが見つかりました。ですから、もう少しでイムヘテプの時代に関係のあるものが出てくるというところまでいったのですが、時間切れで終わりになってしまったのです。
しかし、すごいですね、この丘は。30mぐらいの丘なんですが、上に18王朝、19王朝、今から3300年から3500年前の時代のものがあって、その下にきますと今から4500年から47年前のものがあって、文字通り宝の山でした。
ちょっとやそっとでは手を引けない、10年ぐらいかけようということで、2003年の調査に入っていったわけです。
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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