| 第2回 |
「歴史的発見、クフ王の遺物!」
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9/13〜 |
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| 「クフ王の名が刻まれたセクメト女神像」 |
実は10年近く丘の上を掘っていました。これ以上出てこないだろう、あとは復元計画だけだということで、修復、保存、復元という方向に向かっていって専門家にもきてもらい、いろいろ調査していたんですね。ところが考古学の人たちが手が余りますから、丘のすその斜面のところも発掘してみようということになりました。終わった時に、『ああいう丘だったんだ』とわかるように。それに砂もたまっていますからね。そうして、善意で丘の上の砂を掘り始めたんです。これが2001年。そしたら8月の終わりごろ、なんと岩窟墳墓が見つかったんです。実際には墳墓として使ってはいなかったのですが、その中からざくざくといろいろな遺物が出てくるわけです。これは大変なことだとひとつひとつ中から外へと出して見ていきましたところ、ビックリしました。
セクメトという女神像とスフィンクス−胴体は出てきませんでしたが、復元すると120cmぐらいの長さのもの−が出てきたのです。こういったものはいまだかつて見つかったことがありませんでした。 |
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「クフ王のカルトゥーシュが付いた
スフィンクス像」 |
しかし、それ以上にすごいのはそのスフィンクスの足元に『クフ 上下エジプトを支配するクフ』あの、大ピラミッドを造ったクフ王の名前が記されている。しかもそれだけではなく、セクメト像の脇のところにもクフ王の名前があったのです。実はエジプトではクフ王の名がついている彫刻は、高さ約7cmの象牙の彫像だけなんです。これは大トピックスになるはずでした。ところがこの発掘の成果を発表したのは2001年9月11日です。みなさんご存じですね。アメリカのワールド・トレード・センターに飛行機が飛び込んだあの惨劇の日です。世の中というものはなかなか思うようにはいかないものです。
しかし、見つかったという事実だけは生涯に渡ってなくならない。私たちは国際的な学会誌で発表し、よくやったとおほめをいただきましたけど、一般の方にはほとんどこの情報がいっていません。
現在、これらの遺物は修復をしてまして、5年をめどにカイロ博物館に展示をすることになっています。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
| 情報提供: |
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