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吉村作治 エジプト博物館
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第1回 「1960年代ジェネラル・サーベイから初めての発掘調査まで」 7/5〜
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 今月は私のこれまでの発掘調査について、年代を追ってお話してまいります。
1964年に私たちはエジプトへ行こうと自主ゼミを始めました。川村喜一先生という、西洋考古学の先生を中心にみんなでエジプトの勉強をして、晴れて1966年、タンカーに乗って初めてエジプトに行ったわけですけど、やはりあのピラミッドを見たときに、どうしてもエジプトで発掘をしようと決心し、約7ヵ月半後に日本に帰ってきました。再び行ったときは留学生として、カイロ大学の地理考古学研究所というところでエジプト学の基礎を習ったわけです。ついに1970年には発掘権を取りまして、1971年に晴れて第一次の発掘調査ができたのです。
こういう風に言ってしまうと簡単そうに見えますが、実はそんなことないんですね。1967年からカイロ大学に留学して、発掘権を取ろうと思ってもどうやって申請したらいいのかわからなかった。そのうち、当時の考古局(現在は考古庁となっています)の局長、モクタール博士に会えば何とかなるということがわかったのですが、いかんせん会うことができない。しかしあるとき、ルクソールに遺跡の見学に行ったのですが、たまたま隣りに座っていた太ったおじさんがモクタール局長だったんです。
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「モクタール博士」
 ルクソールで一緒に遺跡を回った時に、「なぜ日本人なのに遺跡の発掘をしているんだ?」と言われました。「子供のころからエジプトに憧れ、エジプトで遺跡を見ているうちに発掘をやりたいと思うようになった」と言いましたら「本当に日本で発掘ができるのか?」と聞かれるので、「大丈夫です。もしご心配なら日本にご招待しますので来てください」と言い、外務省のお願いして、モクタール博士を日本にお呼びしました。この時、私が通訳としてついてきて、日本を回り、日本の発掘現場をご覧に入れたんです。
当時日本はちょうど開発ブームで、いたるところで発掘をしていました。3ヶ所ぐらい見ていただいたんですが、活気に満ちていて「これなら発掘やらせても大丈夫だろう」ということになったのですが、次に博士が心配したことは「エジプト学をやるにはヒエログリフをやらなければならないが、やっている者はいるのか?」ということでした。そこで、「私たちは文字が出る前、つまり先王朝期のところを発掘します。実は我々の興味は王朝成立直前のところなのです」と言いまして、それならよかろう、ということでようやく発掘権をもらえたとのです。ラッキーという以外ありませんでした。今ではとても考えられないような出だしでした。そして1971年に第1回の発掘が開始されたのです。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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