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吉村作治 エジプト博物館
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第3回 「ルクソール西岸編」 6/21〜
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「来世の楽園 『イアル野』」
(大英博物館蔵)
 ルクソールはもともとは『神が集うところ』という意味のワセトという町でしたが、その後アラブ人が来て、『城がたくさんあるところ』という意味のルクソールに名前が変わりました。東岸は生きている人が、西岸は死んだ人が住んでいます。
死んだ人が住むっていうのはおかしいですよね。お墓がある、ということです。
なぜ西岸にお墓がたくさんあるかというと、西は太陽が沈むところで、その先にあるのはあの世、と考えられていたからです。あの世に近いということでお墓をつくったんです。西岸には王家の谷、王様の墓のあるところがあります。ほかにも王妃の谷、これは王妃や王子、王女。王様以外の墓ですね。それから貴族の谷。貴族の墓です。
貴族とは土地を持っている人、荘園領主のことです。お墓を持っていたのはその人たちまでです。それ以下の人はお墓をもてません。ではどうするのかというと、夜ナイル川に行って死体を投げ捨てていたんですね。それが流れ流れて地中海に行き、そこからあの世に行くと考えられていたんです。少なくともこの地上にお墓を持っていたのは土地やお金を持っていたということです。
古代エジプト3000年間で現在までに5000〜6000のお墓が残っています。王や王妃の墓と貴族の墓は全く違います。
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貴族の家で行われた宴会
(ルクソール西岸、ナクト墓)
 王家の谷、王妃の谷にはむずかしいことがいっぱい書いてあります。
例えば、この世で死んであの世で復活するまでの死出の旅路、70日間あるのですが、その間たくさんの悪魔が邪魔をするんですね。この悪魔と戦ってあの世に行かなければならない。王様が強ければ強いほど悪魔が降りかかってくる。そこでバッタバッタと倒す姿が描かれていて、あの世の最後の審判があり、いよいよあの世に行くまでが物語となって描かれています。
しかし、貴族の墓は全く違う。貴族の墓の中にはこの世で過ごした生活の風景、宴会とかみんなが来た時の謁見、外国からきた人との交流の場所、ビールやワインを作っているところの絵がいっぱい描いてあります。そしてあの世に行ったらこの世と同じように楽しもうという姿がありありと見えるのです。
貴族の墓を見ると面白いですね。昔の人が暮らしたかったあの世とは、この世にそっくりなんです。そりゃそうですよね。自分たちの知らないことは描けませんから。そういう面では古代エジプトの生活、風景を知るためにはルクソール西岸の貴族の墓の壁画を見るとよくわかるということです。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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