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「ツタンカーメンの黄金の玉座」
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
今回は、皆さまからのご質問にお答えします。
Q1:古代エジプトの人々はどのような家具を使っていたのですか。
基本的には今の我々とほとんど同じです。古代エジプトの家具のデザイン、意匠はギリシャに影響を与えました。ギリシャ人はこれをアレンジしてローマ人にデザインを渡し、ローマ人は東西に分かれ、ビザンチンからイスラムに渡し、近代ヨーロッパにも影響を与えました。例えば、テーブル、椅子の足に飾りがついた動物の足のようになっている、獣足というデザインも、古代エジプトからあったものです。ベッドなどもありましたから、王様の生活などは今の生活と余り変わってないように思います。
一方、国民といいますか、農民は、泥の家に住み、ものを置くところとか椅子などは泥で作っていました。ベッドは作り付けで、こちらは粗末な感じでした。 |
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「未納税者を罰する様子」
(ルクソール西岸・メンナ墓) |
Q2:古代エジプトには牢屋や監獄は存在したのですか。町の犯罪者や兵士など、身柄拘束はどのようにしていたのですか。
犯罪を犯すと捕まりますね。今でも「トラ箱」というのがありますね。酔っ払ってクダ巻いたようなのがとっつかまって入れられて、次の朝しらふで「あちゃーっ」なんて言いながら出る、あんなのが古代エジプトにもあったんです。軽犯罪でも入れられていました。
一番重い犯罪は王家の谷や貴族の墓を暴いてものを取ることで、死刑でした。
裁判もありましたし、弁護士もいたし、警察官もいた。今の私たちの生活とほとんど同じです。
兵隊も同じでした。兵士は規律を守らないといけない。正しい、正しくないということより、上官の言うことを聞くか聞かないかが兵士の決まりです。
これと同じく将軍の言うことを聞かなかったために牢屋に入れられ、出てこられなかったという記述もあります。
普通の人でもモラルを欠いたり、軽犯罪を犯したりすると、死んだ後、最後の審判で引っかかります。犯罪を犯すともうだめです。それで終わり。二度とあの世にいけません。そういった意味でも犯罪は少なかったんです。
今の世の中、犯罪があまりにも多いのでぴんとこない話かもしれませんが。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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