| 第2回 |
「彫刻にみる古代エジプトのファラオたち」
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5/10〜 |
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「ラムセス二世像」
(アブ・シンベル大神殿) |
彫刻からみたエジプト、の第2回目は「彫刻にみるファラオたち」についてお話します。
ファラオとは皆様ご存じの通り、王様です。大きな家に住む人という意味の「ペルアー」という言葉がギリシャ人によってなまって「ファラオ」となりました。
王様はみな、ひげ(つけひげ)、ネメスという頭巾をつけていました。頭巾は現在の、我々の帽子ではなく、髪がカールしていたのを抑えるためのものでした。
ファラオたちの像を見ると、顔がみんな似ています。血筋が近いから似ていたんだ。ということではありません。これらは皆、理想的な…こういうファラオがいいんだ、男はこういう顔がいいんだという、理想形なんです。
つけひげをつけていた理由は、最初にエジプトを支配した人がどうやらエジプト独自の人でなく北から来た人だったんですね。北の方の人はあごひげがあった。それが理想的な姿として伝えられたために、つけひげをつけいかにもひげがあるようにしていないと伝統としてまずいと考えられたからです。
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「メンカウラー王と二女神像」
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
ファラオの彫像の特徴は立っていること。立像だということです。
ほとんどが左足を前に出しています。これは、中国のように左が位が高いからということではありません。カイロ博物館には右足を出しているファラオの立像も3体ありますからね。
おそらく、最初に左足を出したものを作ったために、あとの人が模倣して作っていった。伝統だったんです。よほどの天邪鬼でない限り右足を出すことはありませんでした。
なぜ、足を出していたかというと、立像ですから、直立不動の姿勢だと、倒れやすいんですね。足を出した方が安定感が増すというわけです。
中には座っているもの、座像もたくさんあります。王ですから、王座に座って謁見する。彫刻には霊が入っていますから、生きている王と同じように扱わなければならなかったんですね。
一方、一般の人や貴族となると座ってる人もいたし、あぐらの人もいました。書記などはあぐらで王様のいうことを書き留めていました。ですから、あぐら姿の彫像が残っています。
ファラオはあぐら姿などなく、立っているかせいぜい、座っているかです。そして威厳を保ち、多くの人に威圧感を与えることによって王が神として崇められていたということです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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