| 第1回 |
「古代エジプト 彫刻の基礎知識」
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5/3〜 |
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「メルエンプタハ王」
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
今回のテーマは「彫刻からみたエジプト」です。その第1回目は「古代エジプト 彫刻の基礎知識」についてお話します。
彫刻といえば、ぱっと見てすぐわかりますよね。私たちの世の中は三次元、すなわち彫刻と同じ世界なんですよね。自分の体を見ればわかりますね。ちゃんと奥行きもあるし、間口もあるし、高さもある。これを彫刻というんです。
特に、人間とか人間の考えた存在を石とか木とか青銅で表したもののことを彫刻といいます。彫刻とレリーフと絵はどういう関係なのかといいますと、基本的に、どの文明でも最初に誕生するのが彫刻なんです。その次がレリーフで、絵は一番最後です。
人の目とは不思議なもので、奥行きがないと不安で仕方がない。ですから、奥行きのある彫刻、がまず作られたということです。古代エジプトの場合、彫刻は今から5000年以上前からありました。なんと、象牙でできた女性とか、そういったものがあったんです。しかし、絵は5000年前にはなかったんですね。
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「貴婦人のレリーフ」
(ルクソール西岸・ラモーゼ墓) |
古代エジプトでは彫刻を作るときに何を考えていたかといいますと、「人間の代わり」。これを彫刻に託したのです。彫刻を彫ってこれが動いてくれるといいと、動くものだと思っていたんですね。しかし実際には動かない。そりゃそうですよね。動いたら大変なことになります。ですから、彫刻をいくつも作って、その中に宿った精神、霊を動かすことによって彫刻が動いた、彫刻の主が動いたと考えていました。
バカバカしいと思うかもしれませんが、映画にしたって、テレビにしたって、みんなそういう錯覚を使っているんです。基本的には古代エジプトと、同じことをやっているわけです。
この根本的な哲学を古代エジプト人は考え出しましたから、彫刻を彫ってそれをきちっと置いておけば自分たちの霊、または亡くなった人の霊がそこに宿る。そうなれば生きてる人と同じだと考えたわけです。
今のように、芸術とか美術というように考えたのではなく、自分たちと同じものと考えていたんです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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