| 第4回 |
「アメンヘテプ3世王墓 発掘調査編」
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3/22〜 |
王家の谷を見ますと、墓が集中してるのは東の谷です。西の谷はすでにお話しているように4つだけです。
私は、東の谷にはもうほとんど発掘され尽くした、ここにはもうないだろうという見込みのもとに西の谷をやっています。
広さからいうと東の谷とほぼ同じなのですが、西から4つしか見つかっていないという。ということは、まだまだある。5つか6つはあるだろうと思って発掘したのですが、なかなか見つからないんですね。そこでハイテク機器を入れていろいろデータを取ってきたんです。
メキシコの発掘なんかではよく、占い師を入れるんです。それでホントに見つけたりするんですね。私も遊び心で水晶占いの先生に来てもらってやってみたことはあるんですよ。もちろん、占いの人が見つけたとしても偶然だと思いますけど。そこへいくと機械はやっぱりすごいです。けれども、掘れども掘れども機械が示したところに見つからない。
そこで1999年に一旦そういった探査をやめ、ベースになるアメンヘテプ3世の王墓をもう一度きちっと発掘しようということにしました。ナポレオンが連れてきた学者が発掘し、その後ハワード・カーターもちょっと手をつけたあと、全く手をつけられていないということもあり、この発掘によって報告書を出せれば、アメンヘテプ3世の王墓の報告書としてはこの200年間で初めてという価値もあるのです。アカデミックにやってみようと約3年かけてきれいにやりました。 |
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しかしまあ、中が汚れてますし、外から入り込んだ砂がたまってるし、落とし穴のところには石がゴロゴロしているし、はしごは傾いているし…ということで、最初に養生というんですが、きちんとするのにすごく時間がかかりました。しかし驚いたことに、ハワード・カーターがアメンヘテプ3世の王墓の中からもう何も出てこない。全て自分が持っていったと日記に書いたにもかかわらず、もう出るわ出るわ。例えば入り口の周りからファウンデーション・デポジットという、道具一式が見つかったんです。これは、ハワード・カーターも見つけていて、一式見つかったからもう出ないと思っていたのですが、もう一式あった。しかもハワード・カーターが見つけて現在大英博物館に展示されているものと、くっつくものさえ見つかってきた。それだけではなく、ルーブルがへずり取っていったもののあとも見つけました。すでにハワード・カーターが発掘したにもかかわらず、私たちはなお、2000点あまりの遺物を発見し、現在その整理にかかっています。整理だけではもったいないので新しいプロジェクトを考えていまして2001年度の春からはじめています。それは次回お話しましょう。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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