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吉村作治 エジプト博物館
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第1回 「王家の谷の基礎知識」 3/1〜
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「王家の谷」
(ルクソール西岸)
 今回のテーマは「王家の谷 大特集!」です。その第1回目として「王家の谷の基礎知識」についてお話します。
王家の谷…。なんか、いい感じの言葉ですね。別に谷の中に王家があるのでなく、王様の墓が集中しているところです。何でそんな谷のところに王様の墓が集中しているかといいますと、今から3500年ほど前、墓荒らしがすごかったんです。そこで王様が人が来ないようなところに墓を作ったら墓泥棒は来ないだろうと思ったんですね。この周辺はルクソール、当時はワセトという名前で、「神々の集うところ」という意味だったんです。
神々はどのあたりに集っていたかというと、東岸、ナイル川の東の岸です。一方、西岸の方はといいますと、日が沈むところ、“ネクロポリス”と呼ばれていました。ネクロポリスというからにはお墓がたくさんあるわけです。王様の墓だけではなく、貴族の墓が今残っているだけでもおよそ3000から4000。私もこの40年で1000ぐらいは回りましたね。
しかし、それとは別に、山を越えたところに王様たちだけの墓を作ったんですね。現在王家の谷に見つかっている王様のお墓は62です。東の谷と西の谷、2つに分かれていまして、東の谷には58。西の谷には4つあります。
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「ツタンカーメン王墓の標識」
(ルクソール西岸 王家の谷)
 一番最近見つかったのは1922年のことで、ご存知と思いますが、“ツーツ・アンク・アメン”、日本でいうツタンカーメンの墓です。王家の谷の東の谷ですが、どうしてこれまで見つからなかったかというと、ラムセス6世の墓を守るガードが横にあったためといわれています。まあ、幸運中の幸運というべきでしょうね。
王家の谷をアラビア語で「ワーディームルーク」といいます。ワーディーは「枯れ谷」、ムルークというのは王様という言葉「マーリック」の複数形です。ですから、ここに眠っている王様が今のところ62名。しかし70人近くの王様がいるわけですからあと最低でも4つか5つは墓があるだろう。荒らされることを見越してひとりで2つお墓を作った人もいるだろうからあと7つか8つあるだろうと言う考古学者もいます。しかし、この80年余り、全く王墓が見つかっていないのでここが我々エジプト考古学者の目が光るところでもあります。
この辺りについてはまた詳しくお話していきたいと思います。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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