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「最後の審判『罪の否定告白』」
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
「古代エジプト 新王国時代の貴族たち」、4回目は「貴族の葬儀」についてお話しましょう。
人間は生まれれば死にます。古代エジプト人は死ぬことをちっとも恐れていませんでした。死ぬことはいいことだと考えていました。なぜかというと、この世では命に限りがありますが、死んで再生復活、つまり生まれ変われば永遠です。永遠のほうがいいですよね。死ぬことを恐れないために、あの世というもの作ったわけです。
死んであの世に行ける…。但し、この世に生まれた人が誰でも彼でも、あの世にいっちゃうと、あの世にどんどん人がたまってしまうので、「この世で悪いことをしなければ」という前提がついた。やってはならないことが42あって、その罪を犯さなければあの世にいけますよ。ということになりました。死んで70日たつとこの世とあの世の境…日本でいう三途の川ですね…にたどり着きます。あと1日であの世にいけて復活再生できる、というその最後の日に、「最後の審判」を受けるんです。
最後の審判には2つの審査があります。ひとつは先ほど述べた「42の罪状」を犯していないかどうか。裁判長から聞かれるんです。
ここでは何を聞かれても「ノー!」といわなければなりません。「お前は人の悪口をいったか?」なんて聞かれて、「ん?」なんて考えてはいけない。即座に「ノー!」といわなければダメなんです。42番目の質問は「お前はウソをつかなかったか?」というものですが、たとえそこまで全部ウソをついてきたとしても「ハイ」といってはダメで、ここでもしゃあしゃあと「ノー!」といわなければいけません。
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「最後の審判『心臓の計量』」
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
そしてもうひとつの審査では、死者の心臓を天秤の片方の皿に乗せます。もう片方に羽を乗せて量るんです。軽い羽より心臓の方が重かったら42の質問にウソをついていたということになります。
私はこの種の絵を200ぐらい見てきましたが、全員無事にテストに合格してあの世に行けていたようです。
で、これがライフコンセプト、人生の設計ですね。あの世に行くために、肉体をミイラにして永遠性を持たせる。魂が戻ってきた時に入れるように、壊れないように、腐らないようにするってことです。
その魂はミイラの中に入るのですが、その時、生きている子とか孫などが墓のところに来て、話しをするんです。話といっても口頭ではなく、手紙でするんですね。『オストラカ』という、陶片、土器片に書いたものをお墓に埋めると、お墓の中に入っているミイラとあの世から戻ってきた魂によって読まれ、返事がくる。この返事は墓参りをした人が家に帰って寝たあと夢に出てくるということです。なかなか合理的ですよね。
そのように考えて人生を円満に、潤滑に回していく、サイクル社会を作っていたわけです。ですから、彼らにとって、死は全然怖くなかったんですね。
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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