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吉村作治 エジプト博物館
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第3回 「貴族の娯楽」 1/19〜
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 第3回目のテーマは「貴族の娯楽」です。
娯楽といいましても、一番の楽しみは前回お話した宴会。毎日のように宴会をやってました。王の主催の宴会、力のある貴族による宴会など、これらを持ち回りでやるわけです。
王は自分のところでしか宴会をしません。よそへは行きませんから王の宴会に呼ばれるのは特定の人ですね。そのほか、力のある人、お金持ちの人は自分で宴会を主催するのです。
宴会をやる場所は中庭なんですね。門があって、中庭があって、池がある。池の回りにはテーブルはありません。日本の膳みたいなので食事をしました。そこに一糸まとわぬ姿の若い女性が食べ物を運んでくるんです。
宴会での最大の楽しみはまずは会話ですね。外国に行った人がいるとすればその人を中心に取り巻き、見聞録を聞くわけです。
当時旅行先として一番多かったのは今のシリアの方。ダマスカスとかです。我々がメソポタミアと呼ぶあたりですが、そこでの体験を話す。
次は詩を読みあう。それから、当然、音楽です。楽士がいました。今のように楽譜があるわけではありません。(楽譜なんてのはずっと後、キリスト教音楽になってからのものです。それまではなかったんですね。日本の伝統的な音楽も楽譜なんてありませんよね)
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「ハープ弾き」
(ルクソール西岸、インヘルカウ墓)
 ですから、よほどの技術者――音楽の勘がよくないと楽士にはなれませんでした。楽士というのはかなり位が高かったんですね。
特に王や王妃の楽士というのは一生、食べるのに困らなかったようです。有名なハープ弾きなんて一年中仕事が絶えなかったという記録もあるぐらいです。
ですからまずそのようなパーティ中心に娯楽があったわけですけど、もうひとつ娯楽として、「狩」というのがありました。
鳥を狩る、魚を釣る…。あと、ライオンやカバ、ワニなどを獲るというのがあります。
鳥の狩りはブーメランを投げたり網で追っかけていって捕まえていました。鳥が捕まると、それが宴会の食事になる。魚もそうでした。ライオンなどは食べるのではなく、やっつけて自分の力を誇示する。娯楽というより実質的なものがありました。
そんな生活を毎日のようにやっていたわけです。しかし3000年もよくもっていたと思いますね。上層部の人たちはパーティ漬け。遊びまわっていたわけです。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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