ネフェルティティ…。これも言いにくい名前ですね…。いろんな読み方がありますが、日本では「ネフェルティティ」というのが一番ポピュラーです。意味は「ネフェル」が「美しい」、「ティ」は「やってくる」、「歩いてくる」ということです。ですから「美人が向こうからやってくる」、というような意味です。では、どこからやってくるのか?ということになりますね。この人、エジプト人ではないんですね。
古代エジプトの三大美人といいますとこのネフェルティティ、ネフェルタリ、そしてクレオパトラなんですが、ネフェルティティは今のイラクのあたり、ミタンニということろからきました。エジプト最後の女王といわれるクレオパトラはギリシャ人ですね。ネフェルタリはエジプト人です。
ネフェルティティという人は特殊な人で、外国からやってきたわけですからエジプトへの愛国心がやや欠けている。ですから夫であったアメンヘテプIV世をたきつけてというか、うまいこと言ってエジプトをぐちゃぐちゃにしちゃったんです。ネフェルティティのおかげでエジプトはひっくり返っちゃったんですね。神への考え方まで変わりました。 |
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「ネフェルティティ王妃像」
(ベルリン・エジプト博物館蔵) |
それまでは全てが自然神で、人間のために役に立ってほしいと皆が供え物をし、拝んでまあそのために神官がいい思いもしたんでしょうけど、(国の政治まで関わっていました。)このネフェルティティがアメンヘテプIV世の妃になった瞬間、エジプトのたくさんの神を全て否定し、たった、太陽神、中でも夕陽の太陽…沈む太陽神、アテン神のみを信仰するようにしようと、そして、王の名前までも変えてしまったんです。
アメンヘテプの「アメン」は「満足する」という意味なんですが、それまでもやめてしまい、アクエンアテン(=アテンに捧げる)にしてしまったんですね。
ネフェルティティの1番の業績は、エジプトの神をひとつにしたということです。そのためにヨーロッパの人たち…ユダヤ教徒もキリスト教徒も、自分たちの宗教のもとをつくった人と考え大変な信仰を受けています。
このネフェルティティの形を表わしているものというのが、ツタンカーメンの王墓から出てきた女性じゃないかという、彫像がいくつかあって、これがネフェルティティのものではといわれています。
いちばん有名なのはベルリンのエジプト博物館にある、ネフェルティティの胸像です。ドイツ隊が持っていってしまい、今でも国際裁判にかかっているのですが、これは大変美しいものです。ぜひ日本で皆さんに見ていただきたいと思うもののひとつです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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