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吉村作治 エジプト博物館
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第4回 「階段ピラミッドの原型か!?」 10/20 〜
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 前回は、われわれの発見が、石の質、組み方、大きさ等々、サッカラの階段ピラミッドとほぼ同じだということをお話しました。
ならば、同じように作ったのだろうと思われるでしょうが、そんなことないんですね。階段ピラミッドは本当に階段を作ってたのですが、今回のは、1段は完全に階段を作っていますが2段目でやめているんです。なぜやめたのか?この疑問に答えられるのは階段ピラミッドの設計、施工、管理をした、イムヘテプという人の存在なんです。
 イムへテプという人の墓は実は見つかっておりません。イギリスのエメリーというエジプト学者(もう亡くなりましたが)が、40年求め続けて、探して探して見つからず、残念な思いをして亡くなったほどです。
さて、南の丘陵の頂上にある葬祭殿の、カエムワセトという人は大変素晴らしいエジプト学者なんですね。おそらく人類最古の考古学者といえると思いますが修復、復元などもして、ピラミッドを直してきた人です。この人が最も尊敬してたのがイムヘテプなんですね。
カエムワセトの葬祭殿、すなわちお墓をも含めた神殿を見つけたということはいい言葉でいうと神々しい、悪くいうと、怪しい…、すなわち、何かあるに違いないということになるわけですが、夢物語のように、カエムワセトの遺跡があるのだから、イムヘテプの墓もあるに違いないと期待してたわけです。しかし、頂上には何もありませんでした。
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 ま、一応、カエムワセトの遺跡も見つけたし、それより前の18王朝の遺跡も見つけた、遺物も大変素晴らしい遺物が出たのでこれでいいんじゃないかと一旦、落着したつもりでいましたが実はそうじゃなかった。  どうやらこれは、階段ピラミッドを作る前に、ここで作り方を練習したのではないか。だから石の組み方などがそっくりなんです。どのくらい積んだらどう影響するのか。重さに耐えられるか、石が飛び出ないかというようなことを実験し、これでいけるぞということになって、いよいよ階段ピラミッドを作った、おそらく15年から20年かけてやったと思います。そして作り上げてから、自分のところに戻って2段目を積んだのだろう…。実験だけならそれでいいだろうにどうしてもう一度積んだのか、それは次回、クライマックスになります。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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