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「クフ王のカルトゥーシュがついた
スフィンクス像」(アブ・シール南遺跡出土) |
前回、遺跡がどこにあるのかという話をしましたが、今回はこの大発見はどうやって行われたか、どうして大発見があったかということをお話したいと思います。
サッカラの階段ピラミッドの1km西にいったところに遺跡があるのですが、1991年の夏に電磁波地中レーダーを頼りに発掘をしたところ、今から3300年前のカエムワセトという人の葬祭殿を見つけました。約10年かけて発掘を続けカエムワセトの葬祭殿だけでなく、それより約80年前の18王朝のトトメスW世(=アメンヘテプ2世)というファラオのステラ、大きな石碑を25枚も見つけました。1ヶ所から25枚もステラが見つかる、しかも全部に王様の名前と神様の名前が書いてあるなんてことはそれまでになかったわけです。
10年かかって発掘も大体終わり、21世紀にもなったのでそろそろ仕上げにしようということになりました。 |
丘陵は砂漠から50mぐらいの高さで、ですから斜面があってたっぷりと砂がたまっている。この斜面の砂を取り除き、丘をキチっと元の姿にしようとダメ押しの調査をしたんですね。
ここに、お墓らしいもの…岩窟遺構といいまして、岩をまっすぐに切り込んでそこにお墓を作って貴族のミイラを奉納するのですが、そのような遺跡を見つけました。
この岩窟遺構から、なんと!クフ王(ご存じ、ギザの大ピラミッドの建造主のひとりです)の名前の書かれたスフィンクスとセクメト女神の彫像を見つけました。
それまでクフ王のものは1点しかありませんでしたから、一気に3点になったということです。(3点のうちの2点を2001年にわれわれが見つけたということになります。)
そこで2002年にもっと下に行こうと掘っていきました。そして、3週間目に入ったとき、ピラミッドの原型となるべき遺跡、石の壁に当たりました。
さあこれは一体、どういう遺跡だろうかと、ここからまたずっと、発掘を再開したわけです。この続きは次回。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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