| 第1回 |
「アブ・シール南丘陵発掘の経過」 |
10/1〜 |
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| 「エジプトの地図」 |
2002年8月7日に、私のエジプトでの発掘人生36年でおそらく一番素晴らしい…というか、一番大きな発見をしたと思うんですよね。それが『ピラミッドの原型』です。
といっても、突然、ピラミッドの原型が出てきたのではないんです。今を去ること約12年の1991年、ちょうど湾岸戦争の頃にアブ・シールの南の丘陵を見つけまして、そこで10年にわたってこつこつとやってきて、2001年に斜面から素晴らしい遺跡、クフ王の名前の入ったスフィンクスとかセクメト女神の彫像を見つけたんですね。そして2002年、いよいよその下のところ、1991年に見つけたのです。
今回は、その発掘についてお話しようと思います。 |
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| 「アブ・シール南遺跡の地図」 |
ところで、アブ・シールはどこなのかといいますと、まず、カイロがあります。海外からの飛行機はここに止まります。そしてナイル川を挟んでギザですね。皆さんご存じの三大ピラミッドのあるところです。ギザから20kmほど行くと、ギザよりも古いサッカラというところがあります。(「サッカラ」とは「ソカル神の埋葬地」という意味)このサッカラのちょっと西、1kmぐらいのところです。このアブ・シールで調査をしているときに電磁波地中レーダーで見つけた遺跡なので、「アブシール南の遺跡」と名づけたのです。
われわれが1991年に見つけたこの南の丘陵遺跡のほぼ東にサッカラの階段ピラミッドがあります。距離にして1kmぐらいですかね。この外側はほかの国の調査隊が発掘権を持っているので日本は入ることができません。新参者の日本は軍事基地だったこの地域での発掘権をもらうことになったのです。
ここで何かあるに違いないと、湾岸戦争の終わった時にスタートしたのですが、何も見つからなかった。電磁波地中レーダーに映ってるのに、ですよ。これではまずいと、4ヵ月後の夏に発掘したところ、レーダーの反応通り、遺跡が見つかったんです。
さて、どんな遺跡かということは、次回をお楽しみにしてください。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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