 |
 |
若々しく生きようと思っても、不安があると、なかなかそうはいきません。50年も生きてくれば、その経験から不安なことはなくなるだろう、といけばいいのですが、そうはいかないから困るのです。
50歳を超えたといっても、不安はつきものです。健康のこと、仕事のこと、老後のこと、家族のこと、そのほか、さまざまな不安の材料が身のまわりにはあふれていることでしょう。
若いころよりも、不安になる材料は多くなっているかもしれません。
そうした不安で頭のなかがいっぱいになり、気になってしかたないためによけいに不安が強くなる症状に陥るときがあります。それを、専門的には「精神交互作用の悪循環」と呼ぶことがあります。
簡単にいいますと、たとえば、老後のことが不安になりだすと、「そういえば老後資金はだいじょうぶだろうか」とか「息子は面倒をみてくれるだろうか」などと、次から次へと不安な材料が浮かんできて、いっそう老後への不安が膨らんでしまでしょう。これは、まさに、悪循環でしかない状態になってしまいがちなのです。これでは、とても若々しくは、いられません。
こうした不安に負けないための治療として、最近になって再び注目されているのが、東京慈恵会医科大学(当時は医学専門学校)の初代・精神科教授に就任した森田正馬(もりたまさたけ)氏によって確立された「森田療法」であります。
彼自身、幼いころから神経症に悩まされ、東京帝国大学医学部に進学してからも、薬を手放せない生活を送っていました。
ところが大学夜学中に、突然、実家からの仕送りが途絶えてしまう。彼の家は資産家で、息子の学資に困るような状況ではなかったはずなのだが、何らかの事情で途絶えました。普通の学生であれば、アルバイトなどで学資を工面することもできたでしょうが、森田氏は神経症の持病のために、それができない。
仕送りがないのでは薬も買えず、彼は死を覚悟しました。しかし、ただ死ぬのではつまらないと考えたのか、彼は仕送りを止めてしまった親への復讐を誓います。もちろん、実家に戻って、暴力的な仕返しをしたわけではありません。彼は、勉強による復讐を誓ったのです。つまり、勉強して一番の成績をとって死ねば、親は「仕送りをしなかったために、惜しい子を亡くしてしまった……」と後悔するにちがいない、と森田氏は思ったのです。秀才ならではの復讐法です。
当然のように、彼は、勉強に熱中しました。親への復讐をはたすために、薬も飲まずに、猛勉強につぐ猛勉強を重ねました。もともと優秀だったうえに、猛勉強したのですから、成績が悪いはずがありません。目標どおり、彼は優秀な成績を収めることができました。ただし、そこで計算が狂ったのは、彼が死ななかったことなのです。
それどころか、気がつけば、あれほど悩まされた神経症も出なくなっていました。なんと、薬も飲まないのに、神経症が治ってしまっていたのです。
この、彼自身の経験から生まれたのが、「森田療法」なのです。その基本は、「不安を気にしない」ことにあります。
つまり、森田氏が神経経症を忘れて勉強に没頭したように、不安なことは「忘れてしまう」ことが重要だといっているのです。
たとえば、「心臓が止まるのではないか」という不安を抱えていたとしましょう。病院で検査したところ異常はなく、神経症であることは分かっています。それでも不安が強いために、「乗っているときに心臓が止まってしまったらどうしよう」と考えると電車やバスにも乗れません。
当然、遠出はできなくて、家に引きこもりになってしまいます。精神交互作用の悪循環に陥っているわけなのです。
こうしたとき森田療法では、「心臓の症状を治すことで不安を取り除こう」とは考えません。心臓の症状は、自律神経症状なので、自分がじたばたしたところで治りはしないからです。そこで、どうしようもないことは、「そのまま受けいれるしかない」と森田療法では考えます。
そして、「とにかく目的の場所に出かける」ことを優先するのです。大事なことは、心臓が止まることを心配することではなく、出かけることだからです。森田氏が神経症を忘れて勉強に没頭したように、心臓が止まる不安を忘れて、本来やるべきことに没頭させるのであります。
もちろん、簡単に不安を忘れることはできないけれど、行動に熱中すれば、森田氏のようにかなり不安のテンションは下がります。
それによって、出かけることができれば、それが自信になって、不安とつきあうことができるようになるわけです。
不安を取り除こうとしないことが大切です。
不安を無理に取り除こうとすれば、なお不安になってしまう。不安に注意を集中しすぎることが、不安の解消には、いちばん悪いということです。つまり、不安に打ち克つ最善の手段は、「不安を気にしないこと」なのであります。
こうした森田療法的な生き方は、だれでも実践できます。
どうしようもない不安があれば、それを「どうにかしよう」とは考えないこと。どうしようもないから不安になっているわけで、どうにかできるのであれば、何とかできているはずです。そうすれば、不安にならなくてもいいわけです。
そういう、どうにもできないことは、あるがままに受けいれる。そして、「いま、やらなければならないこと」を優先し、それに没頭するように努めるのです。
心臓が止まるかもしれないことで電車に乗れないのなら、どうしようもない心臓のことは置いておいて、とにかく電車に乗る努力を優先する。仮にほんとうに止まるとしても、家にいてもその確率は同じでしょう。
家の中でひとりでいて苦しむより、むしろ電車のなかでのほうが、人に早く発見されて、助かる可能性が高いかもしれません。そんなふうに開き直って、きょうは一駅、明日は二駅と、どんどん距離を延ばしていく努力を続けます。やっているうちに、心臓が止まらないことも自覚でき、不安も軽減していくはずです。
たとえば、「リストラされるかもしれない」という不安がったとしましょう。その場合、とにかく、リストラのことは気にしないこと。それは会社側が決めることであって、いくら悩んだとしても、個人でどうこうできる問題ではないからです。
それよりも、今やらなければならないことに熱中すること。営業なら成績を伸ばすことに全精力をそそぎ、開発なら売れる商品の実現化を一日も早くする努力を重ねます。そうすることによって、不安も楽になるし、実績によってリストラをされる可能性も低くなるはずです。
ただ、この話を読んで、自分でやろうと思っても、一人ではできなかったりすることもあります。そこで、お互いが助けあって神経症を克服する「生活の発見会」という組織もあります。これは、森田療法によって神経症が治った経験者による互助会です。そうしたところで、仲間に励まされながら取りくめば、効果も大きいのです。
とにかく、不安を克服するためには、「どうにもならないことは気にせず」に、「やるべきことに熱中する」こと。
それが、不安の解消=若々しく生きる心のテクニックでもあるのです。
次回は、性格の活かし方についてお話しましょう.お楽しみに。 |
 |
|
●1960年生まれ、精神科医。東京大学医学部卒、アメリカ・カールメニンガー精神医学校国際フェロー。老年精神医学、精神分析学(特に自己心理学)、集団精神療法学を専門とする。日本初の心理学ビジネスのシンクタンク、ヒデキ・ワダ・インスティテュートを設立し、代表に就任。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。
2004年より企業経営者のための会員サービス「和親の会」を発足。
和田秀樹公式サイト:
 |
|
|
 |